この記事でわかること
- 職場メンタルヘルス対応の全体像(予防・早期発見・休職・復職の4フェーズ)
- 各フェーズで人事・総務担当者が具体的にやること
- 産業医との連携タイミングと依頼内容
- 休業の種類(有給休暇・傷病手当・休職制度)の使い分け
結論
メンタルヘルス不調は、どれだけ備えていても表面化してから動かざるを得ない場面があります。重要なのは「問題が起きてから慌てる」のではなく、「問題が起きたときに迷わず動けるよう、フローとルールを事前に整えておく」ことです。
本記事では、「問題が起きる前に整える仕組み」から「問題が起きたあとの対応手順」まで、人事・総務担当者がそのまま使える手順で解説します。
職場メンタルヘルスの4つのフェーズ
| フェーズ | 内容 | 主な担当 |
|---|---|---|
| 一次予防(予防) | 不調が起きにくい職場環境をつくる | 人事・管理職 |
| 二次予防(早期発見) | 不調のサインを早期に把握し対応する | 管理職・人事・産業医 |
| 三次予防(治療・休養) | 休職対応・傷病手当金・産業医連携 | 人事・産業医・主治医 |
| 復職支援 | 段階的復職・フォローアップ | 人事・管理職・産業医 |
フェーズ1:予防(一次予防)
心理的安全性の高い職場をつくる
メンタルヘルス不調が起きにくい職場の共通点は、「言いたいことを言える環境がある」ことです。これを「心理的安全性」といいます。
心理的安全性が高い職場では、部下が「無理です」「困っています」と言える空気がある。その一言が、管理職による早期発見につながります。逆に、「弱みを見せると評価が下がる」と感じている職場では、不調が深刻化するまで誰も気づけません。
心理的安全性を高めるためにできること:
- 管理職が自分の失敗や不安を話す「場」を意識的につくる
- 「困ったら言ってくれ」だけでなく、定期的に1on1面談を設定する
- 「何かあった?」と声をかけることを評価する文化をつくる
ストレスチェックの活用
50人以上の事業場では年1回のストレスチェックが義務づけられています(労働安全衛生法第66条の10)。2026年度からは50人未満の事業場にも義務が拡大される予定です。
「やった」で終わらせず、集団分析の結果を職場環境改善に活用することが法令の趣旨です。
集団分析の結果を職場改善に使う具体例:
- 「量的負担」スコアが高い部署 → 業務量・人員配置を見直す
- 「上司サポート」スコアが低い部署 → 管理職研修・1on1導入を検討する
- 「職場の一体感」スコアが低い部署 → コミュニケーション施策を衛生委員会で議論する
集団分析の結果は衛生委員会で議題にし、改善策を決定・記録に残してください。
衛生委員会の実質的な運営
50人以上の事業場では衛生委員会の設置が義務づけられています(労働安全衛生法第18条)。月1回の開催が法令上の義務です。
当事務所では、この場を「現場の小さな不満・改善要望を拾い上げる場」として活用することを推奨しています。「特になし」の議事録が並ぶ形式的な運営ではなく、従業員から寄せられた改善要望(例:冬場の加湿器設置、フリーアドレスオフィスの使用後清掃ルール、休憩スペースの設備)を議題にすることで、不調の芽を早い段階で摘める場になります。
管理職への教育
不調のサインに早期に気づき、適切に対応できる管理職が職場にいることが一次予防の要です。
研修のポイントと内容例:
- 部下の変化への気づき方(以前と比べて何が変わったか)
- 声かけのロールプレイ(「どうした?」より「最近どう?」)
- 人事への報告タイミングと報告すべき情報の整理
- 「医療機関への受診を勧めるとき」の伝え方
研修の進め方: 厚生労働省「こころの耳」が提供するラインケア教材(動画・テキスト、無料)を社内勉強会に活用できます。90分〜半日の研修で完結します。外部講師を呼ぶ場合は、産業保健総合支援センターが講師派遣を無料で行っています。
業種別のポイント:
- 製造業・現場作業員が多い職場:縦関係の強さから「無理です」と言いにくい空気が生まれやすい。身体症状(疲労・頭痛)の訴えが精神的な不調のサインである場合もあるため、管理職が発言しやすい場をつくる工夫が特に重要
- オフィス系・IT:職場が静かすぎて誰も本音を話さない、という形の心理的安全性の低さが起きやすい。在宅勤務中は孤立・睡眠リズムの乱れに気づきにくいため、1on1の頻度を意識的に確保する
フェーズ2:早期発見(二次予防)
不調のサインに気づく
管理職が日常的に部下の変化に気づけるかどうかが二次予防の鍵です。
不調のサインの例:
- 遅刻・欠勤・早退が増えた
- 以前より口数が減った、反応が鈍くなった
- ミスや作業の遅れが目立つようになった
- 「体調が悪い」と言いながら詳細を語らない
- 休憩室・トイレにいる時間が長くなった
- メールへの返信が遅れる・来なくなった
一つのサインだけで判断するのではなく、「以前と比べて変化があるか」を継続的に観察することが重要です。
管理職から人事への報告
管理職が不調を把握した場合、人事・安全衛生担当者へ報告します。この初動が対応の速さを決めます。
報告の際に確認しておくこと:
- いつから変化があるか
- 本人が自発的に相談しているか
- 業務量・環境の変化はあるか
人事から本人への声かけと面談
人事担当者が本人と面談し、状況を確認します。
面談での注意点:
- 診断名や病状を聞き出そうとしない(プライバシーの侵害になりうる)
- 「病院に行ったか」を最初から迫らない
- 「何か困っていることはあるか」「最近どう?」から始める
- 本人が話したくないことを無理に引き出さない
産業医面談の設定
以下の場合は産業医面談を設定します。
法令上の義務:
- 月80時間超の時間外労働がある(労働安全衛生法第66条の8)
- 高ストレス者としてストレスチェックで判定され、本人から面接指導の申し出がある(同法第66条の10)
現場での推奨:
- 本人から産業医への相談希望がある
- 管理職・人事から見て業務遂行が困難な状態にある
- 状況の客観的な確認や就業上の判断が必要だと判断される
産業医面談の結果は、必要に応じて就業上の意見書として産業医から事業者に提出されます(業務軽減・就業制限・休業等が必要な場合)。情報共有だけで終わるケースもあります。
フェーズ3:休職対応(三次予防)
休業の種類と使い分け
「休む」といっても、制度上はいくつかの段階があります。本人・会社双方にとって混乱しないよう、最初に整理しておきます。
| 区分 | 内容 | 給与 | 社会保険 |
|---|---|---|---|
| 年次有給休暇 | 本人が申請して使用 | 有給 | 通常通り |
| 欠勤(無給) | 有給消化後、まだ休む場合 | 無給 | 本人・会社折半で継続 |
| 傷病手当金の対象期間 | 連続3日欠勤後の4日目から。健康保険から日額の約2/3が支給される(要申請) | 無給(手当受給) | 継続加入 |
| 就業規則上の休職 | 会社が休職を命じる(または本人申請)。就業規則に休職期間・条件の規定が必要 | 無給(手当受給) | 継続加入 |
実際の流れの目安(会社の就業規則による):
- 診断書提出後、まず残っている有給休暇を消化する
- 有給消化後も回復しない場合、欠勤(無給)扱いとなり傷病手当金の受給対象になる
- 欠勤が一定期間(就業規則に定めた日数)続いた場合、休職を命じる
- 休職期間の上限(6か月〜2年が多い)を超えると、就業規則上の自然退職・解雇規定が適用される
傷病手当金の申請方法(自動支給ではありません):
傷病手当金は自動的に支給されるものではなく、本人が申請書を提出する必要があります。人事担当者は、欠勤が続いた段階で早めに案内してください。
申請書(健康保険傷病手当金支給申請書)には次の3つの記入・証明が必要です:
- 被保険者本人の記入欄:療養期間・傷病名(自己申告で可)
- 医師の意見書欄:主治医が証明(外来受診のたびに記入を依頼)
- 事業主証明欄:会社が休んだ期間と給与支払いの有無を証明
記入が揃ったら、加入している健康保険組合または協会けんぽに提出します(月単位での申請が一般的)。支給開始まで数週間〜1か月かかるため、申請書は書類が揃い次第、速やかに提出するよう本人に案内してください。
会社に「病気休暇制度」がある場合はその制度を優先して案内します。就業規則に休職規定がない場合、まず就業規則の整備を法律の専門家(社労士・弁護士)に相談してください。
休業の開始
主治医の診断書(「〇ヶ月の療養を要する」等)が提出された場合、または産業医の判断で就業不可と判断された場合に、休業を開始します。
休業開始時の主な手続きは「休職申請の手続きと会社がやるべきこと」を参照してください。
休業中の連絡と関与の範囲
休業中の本人への連絡は、主治医・産業医の助言をもとに方針を決めた上で、人事担当者から事務連絡に限定することを推奨します。
事務連絡の例:
- 傷病手当金の申請書類の案内
- 休職期間の確認・延長の案内
- 復職意向の確認(休職期間の満了が近づいた時期)
「様子はどうですか」「早く戻ってきてほしい」といった個人的な連絡は、回復の妨げになることがあります。上司や同僚からの連絡は、原則として人事担当者を通じて行うよう社内ルールを設けてください。
連絡頻度の目安:月1回(傷病手当金申請のタイミングを除く)。ただし主治医から「連絡を制限するよう」指示がある場合はそれに従います。
職場での情報管理
休職中の従業員に関する情報は、業務上の必要がある範囲に限って共有します。
- 診断名・病名は原則として共有しない
- 「体調不良で休業中」程度の説明に留める
- 本人が開示を希望した情報のみを共有する
フェーズ4:復職支援
復職支援の詳細は「職場復帰プログラムの作り方」を参照してください。
復職判断の手順
- 主治医から「復職可能」の診断書が提出される
- 産業医が復職前面談を実施し、就業上の意見書を作成する
- 事業者(人事・上長)が復職の可否と条件を最終決定する
- 復職支援プランを作成し、本人・上長・人事で共有する
「主治医が復職可能と言っているから復職させる」という判断は危険です。主治医の診断書は「日常生活が送れる状態」を意味する場合があり、それは「職場での業務が行える状態」とは異なります。産業医面談による就業可否の判断を必ずセットにしてください。
段階的復職
復職直後から通常勤務に戻すことは再休職のリスクが高くなります。時間外労働禁止・業務範囲の限定・短時間勤務など、段階的に通常業務へ戻していく計画を立ててください。
段階的復職のプランの例(厚生労働省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」参照):
- 第1週:短時間勤務(1日4〜6時間)、定型業務のみ
- 第2〜4週:通常時間勤務、業務範囲を限定
- 第2か月以降:通常業務に段階的に移行
復職後フォローと再休職のリスク
復職後3〜6か月は再休職のリスクが高い時期です。最低限最初の1か月は週1回、上長または人事との面談を設定し、状態の変化に早く気づく体制をつくってください。1か月経過後は状態を見ながら隔週・月1回に移行します。
再休職になりやすい要因(注意すべきサイン):
- 復職直後から残業が増えている
- 上長や人事との定期面談を本人が「もう大丈夫です」と断る
- 復職前の休職原因(業務量・人間関係等)が解消されていない
- 服薬を本人の判断で止めている
- 睡眠リズムの乱れを訴えている
産業医との連携タイミング一覧
| タイミング | 産業医への依頼内容 |
|---|---|
| 管理職から報告を受けた段階 | 状況共有・相談(必要に応じて面談設定) |
| 本人が面談を希望した時 | 産業医面談の実施 |
| 月80時間超の時間外労働が発生した時 | 面接指導(義務)の実施 |
| 高ストレス者判定(本人希望あり) | 面接指導の実施 |
| 休業開始時 | 就業不可の意見書作成(必要に応じて) |
| 復職前 | 復職前面談・就業上の意見書作成 |
| 復職後 | フォローアップ面談(最低1か月以内に1回) |
| 就業制限が必要な場合 | 就業上の措置に関する意見書作成 |
対応記録の残し方
メンタルヘルス対応は記録を残しておくことで、後日トラブルになった際に経緯を確認でき、対応の一貫性を保てます。
特別な様式は必要ありません。人事担当者と産業医の間でメールでやり取りしていれば、それが記録として機能します。社内関係者だけで進めている場面(面談・口頭相談等)では、後から見返せるよう日時・内容・決定事項をメモとして保存しておいてください。
記録しておくべきこと:
- 管理職からの報告の日時・内容
- 本人との面談日時・概要(発言の引用より事実の記録を優先)
- 産業医面談の実施日・意見書の受け取り日
- 会社として決定した対応内容と理由
- 本人への説明日・内容・本人の反応
記録の保管は、健康診断関係書類と同様に5年間を目安にしてください(安衛則第51条の規定に準じた運用)。記録の取り扱いは個人情報保護法の観点からも慎重に行ってください。
よくあるミスと対処
ミス1:「様子を見て」と先送りし続ける
→ 管理職から報告があった時点で人事が一度面談を設定することをルール化する
ミス2:診断名を聞き出して職場に広める
→ 診断名は本人の同意なしに共有しない。「体調不良による休業」で統一する
ミス3:主治医の診断書だけで復職させる
→ 主治医の診断書+産業医面談をセットにした復職判断フローを定める
ミス4:休職者に頻繁に連絡する
→ 連絡の頻度・方法を事前に取り決める。主治医の意見も確認する
ミス5:就業制限をかけたまま放置する
→ 意見書に記載された期間終了時に産業医と再評価する仕組みをカレンダーに入れる
FAQ
Q. メンタルヘルス対応の社内ルール(規程)は必須ですか?
法令上の義務ではありませんが、整備を推奨します。特に「病気休暇・休職制度」を就業規則に明記しておくことを先に整えてください。休職期間の上限・休職中の給与・休職期間満了後の扱いを就業規則に定めておかないと、いざ休職者が出たときに対応の基準がなく混乱します。就業規則の整備にあたっては社会保険労務士に相談することをおすすめします。
Q. 適応障害とうつ病で、会社の対応は変わりますか?
基本的な対応フロー(産業医面談→就業上の措置→休職→復職支援)は変わりません。ただし、想定される休業期間の目安は異なります。適応障害はストレスとなる状況(仕事・人間関係等)から離れることで比較的早期(数週間〜3か月程度)に回復するケースが多いです。うつ病は回復に数か月〜1年以上かかる場合があり、休職期間の見通しも長くなることが多い傾向にあります。ただしこれは一般論であり、個人の状態・職場環境によって大きく異なります。診断名よりも「本人の状態がどうか・職場環境の調整ができるか」を産業医と確認しながら対応することが重要です。なお、ADHDや社交不安障害等が背景にある場合は、業務上の配慮内容が異なることがあるため、産業医を通じて主治医に確認することをおすすめします。
Q. ハラスメントが疑われる事案でメンタル不調が出た場合はどうすればよいですか?
メンタルヘルス対応と並行して、ハラスメントとしての調査を進める必要があります。事実確認と対象者のケアを分けて対応し、産業医にはメンタルヘルス面からの関与を依頼します。両者を混同すると、本人・関係者への対応が不適切になる場合があります。
Q. 産業医がいない50人未満の事業場はどうすればよいですか?
いくつかの選択肢があります。①産業保健総合支援センターが提供する無料相談(産業医・保健師への相談、事業場への訪問支援)を活用する、②スポット対応やオンライン対応が可能な産業医に個別に契約する、の2つが主な方法です。アンカー産業医事務所でも50人未満の事業場のスポット産業医対応・メンタルヘルス相談を行っています。無料サービスと有料サービスの違いは、継続的な関与の深さと対応できる範囲にあります。用途・予算に合わせて選んでください。
まとめ
職場のメンタルヘルス対応を整えるために、今すぐできることは次の3つです。
- 不調のサインを管理職が報告する経路(管理職→人事)を明確にし、報告があれば面談を設定するルールを設ける
- 就業規則の「病気休暇・休職規定」を確認し、未整備であれば社会保険労務士に相談する
- 担当産業医に、休職者が出た場合の連絡方法・意見書依頼の手順・復職前面談のフローを事前に確認しておく
アンカー産業医事務所では、産業医面談・意見書作成・復職前後のフォロー面談・衛生委員会への関与を一括してサポートしています。
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